YouTubeに家づくり動画をアップしました。
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今回は「なぜ65歳でリノベをしたのか?3対7の順番」
【動画の概要】
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工務店の社長である自身が65歳を前に自宅リノベを決断した背景には、家族の変化や妻への感謝、そして人生の残り時間への強い意識があった。
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65歳から75歳は、体力・時間・お金が揃う最後の「動ける10年」であり、先延ばしにせず家族や他者と過ごす「7割の大事なこと」を優先すべきである。
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母の介護と施設入所、娘たちの独立という転機を迎え、これまで家事や同居に気を遣い続けてくれた妻が心からリラックスできる環境に刷新したかった。
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自身も脊柱管狭窄症を患って健康の有限さを実感し、「そのうち」ではなく「今」動かなければ大切な人との暮らしを整える機会を失うと痛感した。
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シニアのリノベはお金の損得だけでなく、残された時間でパートナーや家族と「幸せな思い出」を紡ぎ直すための、極めて価値ある投資である。
ぜひチェックしてみてください。
【YouTube動画】
なぜ65歳でリノベをしたのか?3対7の順番
https://www.m-athome.co.jp/movie/renovation_senior_junban
▼YouTubeチャンネルはこちら
https://www.youtube.com/user/morishitaathome
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65〜75歳、動ける最後の10年で間違えてはいけない「3対7」の順番 – YouTube
こんにちは、モリシタ・アット・ホームの森下です。少し前に自宅をリノベしました。多くの工事をしてきましたが、施主になって改めて感じたことがあり、特にシニア世代の方の参考になればと思います。僕は今64歳で、もうすぐ65歳です。なぜこの時期にリノベしたのか、恥ずかしいですけど我が家の話をさせていただきます。キーワードは、3対7の順番です。
これは僕が言い出した言葉ではなく、概要欄に載せた、65歳から75歳、動ける最後の10年で間違えてはいけない3対7の順番という動画の話です。主人公は74歳の男性。60代後半ぐらいのエピソードを、8〜9歳上のお兄さんから教わった話として語ります。65歳で定年を迎え、通帳の退職金と蓄えを見て頑張ったなと思った。その後は水撒きやテレビ、奥さんのお茶で休む毎日だったらしいんです。富良野にラベンダーを観に行こう、九州の妹に会いに行こうと誘われても、そのうちなと答えていました。
一方、お兄さんは仕事の軽トラを売り、そのお金を元に奥さんと九州一周。男の孫2人との北海道への豪華フェリーの旅や、青森の昔の仕事仲間との再会も楽しんでいた。弟が、兄貴、周りも気にしとるぞ、年金暮らしなのにそんなに使って大丈夫か?と聞くと、お前こそ大事な7割を後回しにして、くだらん生き方をしとると怒られるんです。兄が気づいたきっかけは、8年前に親友のタツさんを亡くしたことでした。
兄とタツさんは竹馬の友で、それぞれの父親が瀬戸内の島の出身。2人でそのふるさとを訪ねようと約束していた。でも叶える前にタツさんが亡くなって、ものすごく後悔したらしいんですね。弟が老後の2000万円不足という報道を持ち出すと、それは誰の話や、お前の2000万円はお前の2000万円やと。仕事の引き継ぎや長男のけが、親のことなど、仕方ない理由でも大事なことは延びてしまう。放置したわけではなくても、気持ちを切り替えなアカンということです。
兄は、やりたいことを30個ほど書き出し、一晩経って眺めながら、1人ですることと相手がいることに丸を付けて分けたそうです。読書やアルバム整理など自分だけのことは大体3割。旅や家族と過ごすことなど、相手がいることが7割だった。自分は良くても、相手には都合や締め切りがあります。孫は小学生のうちは懐いていても、中学生になれば部活もある。奥さんが腰を悪くして寝込めば、行きたくても旅行できない。貯金や節約は大切でも、使い時があると思ったそうです。締め切りは誰にもわからず突然来るんですよね。
兄は、65歳で体と時間といくらかのお金がやっと揃うと言うんです。働いている間は時間がなく、80歳になれば体も言うことを聞かなくなる。定年を迎え、頑張って貯めた一定の蓄えもある今を逃したら、相手がいる7割を終わらせられへん。75歳でもう店じまいやと。亡くなるという意味ではなく、アクティブにできへんことがある。大事な7割を片付けなければ、幸せな人生にならへんぞという、弟への言葉なんです。
弟が奥さんに、やりたいことを3つで良いから言ってくれと聞くと、私はいいよ、あなたが好きなことをしたら良いよと言う。その前に奥さんの妹さんが突然の病気で亡くなり、葬式には間に合っても、楽しい姉妹の会話をしないまま見送った後悔がありました。奥さんの希望は、妹のお墓に手を合わせたい、お父さんと海を見ながら駅弁を食べたい、そして、お父さんが入れたお茶を飲んでみたいというものだったんです。
いつでも入れられるお茶が願いになるほど、奥さんは遠慮しているというか、気を遣っていた。もっと夢や希望があったと思うのに、自分に合わせて小さくさせていたんやと気づく。弟は、兄が6年間誘ってくれていた瀬戸内の島へ、そんな気持ちで誘ってくれていたんやと思って一緒に行き、間に合った喜びを分かち合います。兄は、残り3割は7割の思い出でできている、順番を間違えるなよと伝える。誰かとの思い出があってこその、自分1人の楽しみなんですね。
主人公は、先延ばしは大事な誰かの締め切りをないがしろにしているんやと感じるんです。説教がましくて自分の子どもには言えないけど、観ているあなたには伝えたいという話です。そのうちな、いつかなではなく、いつする?と締め切りを作る。夫婦で温泉へ行こうという話も、いつ行く?秋に行くか?と変えるんですね。兄は80代で倒れて施設に入ることも受け止め、幸せな最晩年の手本を見せる。僕の拙い説明だけでは伝えきれないので、ぜひ元の動画も観てください。ただ、最近の動画なので、これに感銘を受けて僕がリノベしたわけではありません。似た気持ちで向き合ったなとは思います。
我が家では長女が嫁ぎ、家に残っていた次女も独立して1人暮らしを選びました。それがきっかけの1つで、私と女房と母の3人になった。長女夫婦はありがたいことに割と近くに住んでくれています。年を重ねた母は先日、老人ホームに入りました。僕は65歳目前、女房は60代の少し手前です。その変化だけでなく、お伝えしたいのは家族の物語なんです。
35年ほど前、結婚して新婚旅行から帰った翌日、親父が突然、脳出血で亡くなりました。青天の霹靂でした。元々同居の予定はなく、長く住むつもりで賃貸マンションを借りていた。でも親父の商売を引き継がないといけなくなり、借りた家ではほとんど暮らせないほど実家へ帰っていました。母も末の弟がいて救われていたんですが、1年後に弟が大学へ進学し、1人になってしまったんです。
母は大丈夫やと強がっていましたが、それでも気になって女房に、1人にするのは忍びないから、そばに帰っても良いかと話した。妻はお母さんも寂しいと思うからと受け入れてくれました。同居の約束ではなかったので、ごめんなとも言いました。実家の道路向かいにあった父の貸家へ帰り、食事は一緒、寝るのは別々。でも妻が長女を妊娠すると、母が支えてくれるから里帰りせずここにおるよと言ってくれた。それから事実上の同居になったんです。
仕事は僕が現場を担当し、女房は母がしていた経理を一手に引き継いでくれました。2人の娘は半分以上おばあちゃんに育ててもらった、おばあちゃんっ子です。ありがたいことに嫁姑の争いもあまりなく、仕事は大変でも家族が一致団結して協力できた。賢く付き合ってくれる妻にも母にも感謝し、絵に描いたように幸せな暮らしをさせてもらっていると思っていました。
ところが娘たちが独立すると、手をかけた孫が離れ、母は寂しい。家族の中の小さないざこざがあっても、孫がかすがいになり、いろいろうまくいっていたんだと思います。ここ数年、母の様子がずいぶんおかしくなり、鍋を黒焦げのまま放置したり、花を飾っていた仏壇がぐちゃぐちゃになったりした。女房に激しく怒ることもあったのに、僕は長く気づけなかった。バカですよね、本当に。妻は僕を心配させまいと我慢してくれたんだと思います。幸せやと思っていたものに、少しほころびができるんです。
母も、自分に自信がない、お嫁さんに迷惑をかける、私の世話なんかさせられへんと言うようになり、本人の希望もあって施設へ入る決断をしてくれました。今はそれなりに穏やかに暮らしています。母の兄嫁さんが祖母を家で10年ほど介護し、祖母の死後に、そのおばちゃんが憔悴した姿を見て、僕も介護の大変さを感じていた。根性のある良いおばちゃんで、僕も大好きでした。母を捨てるのかという葛藤もありましたが、母と話して決断したんです。
家もどんどんボロボロになっていました。でも母が腰を痛めて寝込んだり、日中ずっと家にいたりすると工事できへん。工務店のオヤジの家なのに、絆創膏を貼るような修理で暮らしていたんです。そういう中でせなアカンなと思っていて、やっと母が施設に入ることで、リノベできるタイミングが来ました。もう1つ、女房の重荷のようなものを1つでも減らしたいという思いが強くあったんです。
同居している間、妻が家でゆっくりする姿をほとんど見たことがない。台所、お風呂掃除、洗濯物畳み。休みだから座れや、コーヒー入れるから飲もうやと言っても、ありがとう、今やることがあるからと。亭主相手ならだらっとできても、母がいたらきちんとせなアカン。母にも昔人間のようなところがあり、女はこうでなければならん、嫁はこうという考えがあったと思います。妻も暮らしに慣れて変えられへん面があった。暮らしを刷新せんと、リラックスできる家ではないかもしれへんな。妻もゴロゴロしたり、好きなことをしたかったと思うんです。
仕事柄、リノベを考えながら踏み出せないシニアのご夫婦によく会います。大きな理由の1つはお金の不安や、見通しへの自信のなさなのかなと。でも、体が動き、時間をある程度使え、一定の蓄えもある時を捉えてほしい。動画の兄弟が言うように、65歳はルーレットで3つ揃うような稀有な時機なんですね。お金以上の価値があり、残高が減っても嬉しくなると、あの動画は表現していました。リノベで大きなお金を使う時にも、自分たちにとってその価値は何かを考えてほしいんです。
僕はこの1年ほど脊柱管狭窄症で、腰と足の坐骨神経がめちゃくちゃ痛く、歩けへんという症状を患いました。もう若くないし、いつまで元気かわからへん。今動かへんかったら、35〜40年プロの工事屋をしていても、自分の家さえままならぬこともあり得るなと。女房はあまりにも僕の願いを叶えてくれた。あの主人公のように、家で何したい?と聞くんです。キッチンを綺麗にしたいことはあるかもしれへんけど、それ以外にもっとわがまま言って良いんやでと言っても、全然出てこないんですよね。
誰かと分かち合うものを得るためのリノベなら、多くの場合は奥さんや旦那さんでしょうが、まず相手との願いを叶えなければ、自分の思っている3割のことも本当の宝物にはならへん。75歳、できればそれを超えた時にも、いろいろあったけど俺ら夫婦は幸せやったなと思える礎にする。きっとみなさんのご家庭にも、言い出せなかったことや見ないようにしてきたことがあるでしょう。悔いなく生きるために何を書き出し、何をつぶしていくかは、とても大切だと思います。この3対7の順番を考えると、家づくりも面白くなるのかなと思うんです。
今日は第1部として家族の物語をお話ししました。実際にうちでどんなことをやったのかは、次の動画でまた解説していると思いますので、よかったらチャンネル登録して、引き続きご覧いただけたらと思います。
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